教え子が、次の世代を連れてくる
忘れられない教え子はいますか?
最近では、かつての教え子が親になり、わが子を連れてスクールへ帰ってきてくれるようになりました。ここで過ごした時間が楽しい記憶として残り、次の世代につながっている。そんな姿を見ると、20年続けてきて良かったと心から思いますね。
人見知りでうまく話せなかった子が、サッカーを通じて挨拶できるようになり、大人とも会話のキャッチボールができるようになる。学校ではなかなか見られなかった変化が、夢中になれるスポーツの中で生まれることがあります。家庭での様子を親御さんから聞くと、技術の上達だけではない、大切な役割を担えているのだと感じます。
小学1年生から見てきた子が、浦和レッズからプロになって、今はヨーロッパの舞台で活躍しています。ちっちゃい頃に「いつか世界で活躍したい」と言っていた子が、本当にそうなった。もちろん誇らしいです。
どういう経緯で今の仕事に就いたんですか?
大学4年生のとき、順天堂大学でサッカーを続けながら、スポーツビジネスやスポーツマーケティングを学んでいました。コーチや教員を目指していたわけではなく、就職活動では広告代理店なども視野に入れていたんです。
そんなとき、川越水上公園・順天堂大学・スポーツクリエイトの三者でサッカースクールを立ち上げるという話が大学に届きました。ゼロからのスクールづくりに興味を持ち、大学の同期3人でプロジェクトに飛び込みました。午前中に授業を受けたあと、コーチ仲間を乗せて、千葉から川越まで車で約2時間半。毎日通っていましたね。
実は、別業種から内定をもらっていました。それでもこの仕事に残ったのは、自分たちで立ち上げたスクールが、会員100名ほどにまで育っていたからです。ここで自分たちが抜けたら、せっかく立ち上げたスクールがなくなってしまうかもしれない。そんな責任感もあって、そのまま運営を続ける道を選びました。
スクールづくりの経験を、若手へ
今の仕事観の原点は何ですか?
最初は広告の予算もなく、子どもがいそうな家庭のポストへ、一軒一軒、自分たちでチラシを入れていました。体験レッスンに一人来てもらうことが、本当に難しかったんです。だからこそ、来てくれた一人ひとりへの感謝を忘れず、「今日も楽しかった。ここでまたサッカーをやりたい」と思ってもらえる時間をつくろうと、徹底して考えるようになりました。
スクールを始めた年には、卒業論文のために会員全員へ満足度調査も行いました。学生コーチであっても、多くのことを求められているのだと分かったんです。お客さまが来てくれることも、毎月お金を払ってくれることも、当たり前ではありません。対価に見合う価値を提供し続ける。最初の1年で身につけたその感覚が、これまでの20年を支える土台になっています。

若手はどう育てているんですか?
「一回企画してみて、失敗してもいいからやってみな」。これに尽きます。会社の規定をきちんと守ったうえで、新人がやってみたいことを企画にする。まずは1円でも10円でも売上をつくり、改善しながら続けていく。本人が主体的に取り組まないと、いい仕事にはなりませんから。
実際に、入社してまだ間もない若手が、20チーム以上を集める宿泊付きの大会をゼロから企画し、やり切ってくれました。参加チームへの声かけから、グラウンドや宿泊先の確保まで、自分で進めたんです。また、2年目のコーチは、AIでデザインしたTシャツやステッカーなど、クラブのオリジナルグッズを企画し、約150万円を売り上げました。若いから任せない、という会社ではありません。本人にとっても、大きな自信になったと思います。偉そうに言いましたが、私自身は仕事を任せるのがあまり得意ではなく、時間のかかる仕事ほど、つい自分でやってしまう。そこは今も課題です(笑)。
次は、自分が踏み出す番
これからの目標を教えてください
サッカー部門を、SDCホールディングスの中で法人化したい。サッカー部門で会社を作って、社長になりたいですね。すでに主要スタッフと話し合いを重ねていて、1年後にスタートできる状態を目指しています。
会社の中でグループ会社をつくり、その社長を目指せる。そこが本当に魅力です。小さなプロジェクトでも、若いうちから立ち上げの中心になり、売上をつくる経験ができる会社です。少子化や夏の酷暑など逆風はありますが、海外展開や映像を使った座学サービスなど、方法は必ずあると思っています。
最後に、進路に悩む学生へメッセージを
前任の社長にかけてもらった「やってみなはれ」という言葉が、ずっと心に残っています。まずは一度、挑戦してみる。失敗して死ぬわけじゃないし、支えてくれる上司も、失敗したときに一緒に謝ってくれる上司もいます。頭ごなしに「ダメ」と言うのではなく、「どうすればできるだろう」と一緒に考えてくれる。それがこの会社の強みです。
私自身、社長を目指すと言いながら、ずっと二の足を踏んできました。今の社長からも「いつやるんだ」と言ってもらっています。だからこそ、実現して、後輩たちに「僕でもできたよ」と言いたいですね。


