教わったコーチと、並んで教える

レッスンで、いま一番やりがいを感じるのはどんなときですか

一番いいなと思うのは、アカデミーのクラスです。全国大会を目指すジュニアのコースなので、自分のこれまでの経験を一番生かせます。あの子たちがこれから出ていく大会は、基本的に僕が通ってきた大会です。だから、聞かれて答えられないことがほとんどない。技術的なアドバイスだけではなくて、この大会にどう向かっていけばいいのか、ここに出ておけばこの先どうなるのか、という道の作り方も伝えられます。

レッスン中は親御さんと話すことも多いです。選手本人にはまだ分からないことでも、親御さんに分かっておいてもらえれば、家庭で伝えてもらえます。コートの中だけではないやり方ができるのは、お互いにとっていい形だと思っています。

そのアカデミーを一緒に見ているコーチは、僕が小学6年生で全国優勝したときに、全部の試合に帯同してくれた方なんです。入社して初めて、そこにいると知りました。関西の方で、日に焼けて真っ黒で、一見すると怖そうな人なんですけど、「健太が来てくれて、一緒にできるのはうれしい」と言ってくれます。巡り巡って、自分が教わっていたコーチと並んでジュニアを見ている。それは感慨深いです。

中村 健太さんの仕事風景

ジュニア時代は、どんな環境でテニスをしていましたか

5歳でテニスを始め、小学2年生で志津テニスクラブへ入りました。小学6年生の全国大会で優勝し、アメリカのアカデミーに応募したんです。中学1年生の夏から2年ほど留学しました。

自分は運がよかったと思います。海外が合わない人は結構いたんですけど、僕はそんなこともなくて、向こうでも楽しくやれた方でした。周りの人にも恵まれていたと思います。だからか、変なプレッシャーはあまり感じませんでした。

自分で選び、所属先を見つける

アメリカでの2年目に、自分からそこを辞めたそうですね

アメリカのアカデミーでは、2年目からランキングや大会成績の目標が課され、それをクリアすることが翌年の契約更新の条件でした。

目標自体はクリアできると思っていましたし、実際クリアしました。それでも、2年目の途中で辞めました。担当のコーチと、どうしても合わなかったんです。テニスの指導がどうこうではありません。この人についていきたいとは、思えなかった。

黙って言うことさえ聞いていれば、翌年の契約はそのまま更新されるはずでした。あそこに通う費用も、遠征の費用も、その契約に含まれています。自分の家で出せるような額ではありません。それを自分から手放したので、周りにはずいぶん驚かれました。

それでも、自分がテニスをやる場所がそのコーチと一緒でいいのかと考えたときに、違うな、と。悔いはまったくないです。

僕は、良くも悪くも適当なタイプなんです。何でもいい。あまり自分から主張する方ではありません。でも、このままでは自分のテニス人生が危ないと思って、あのときだけは辞めたいと自分で伝えました。

そのコーチとは合いませんでしたけど、あの2年間で出会った友達とは、いまも続いています。試合を見に来てくれますし、お互い時間がない中でも会う人たちです。苦い出会いもあったぶん、いい出会いも残りました。

中村 健太さんの仕事風景

帰国してから、どこにも所属しないまま試合に出ていたそうですね

帰国後は、国際大会に出続けるために通信制の高校を選びました。コロナ禍で海外遠征が難しくなり、国内の一般大会にも出るようになりました。

正直に言うと、2020年、16歳の一年は、何もしなかった一年でした。その時点ではランキングも高かったので、あの一年をちゃんとやっていれば、いまもっと上にいたんじゃないかと思ってしまうくらいです。ここまでほとんど後悔なく来ましたけど、唯一悔やむとしたら、あの一年です。

翌2021年、17歳のときに、世界スーパージュニアという国際大会で優勝しました。ただ、その年は渡航制限がかかっていて、出ていたのはほぼ日本人だけだったんです。

優勝はできましたが、テニスの内容には納得できず、このままプロを名乗るのは違うなと思っていました。高校の先生に紹介してもらった新潟産業大学で通信の授業を受けながら、競技を続けています。いまも大学4年生です。

親とは、大学の4年間のうちに所属先を見つける、という約束をしていました。それまでは助けてもらいながらやろう、と。

いちばんきつかったのは、この時期です。世界ランキングも、まだ取れていませんでした。スポンサーや、自分を所属させてくれる会社を探さなきゃいけない。でも、そのためにはまず自分が試合で勝たなきゃいけない。その両方を抱えている状態でした。

テニスの世界では、顔を合わせると「どこについてるの?」と聞かれます。どこの会社やスポンサーの支援を受けているか、という意味です。それに「特にないです」と答えるのが、本当にきつかった。いまの自分くらいの順位だと、試合に勝ってもそこまで注目してもらえる場所ではないので、なおさら難しいんですよね。

去年の2月か3月ごろ、島津の全日本選手権に、スポーツクリエイトの社長たちが来場されていると聞きました。それで、その場で直談判に行きました。急に申し訳ないんですけど、いまこういう活動をしていて、所属先がまだ決まっていないんです、と。5月にあらためて会社へ連絡して、部長と社長にもう一度お会いして、去年の8月に入社させていただきました。今月でちょうど丸一年です。

中村 健太さんの仕事風景

選手とコーチを続ける毎日

選手としての活動と、コーチの仕事をどう両立していますか

平日は、柏にあるテニス施設で自分の練習やトレーニング、体のケアをするか、試合に行っているかのどちらかです。全国大会もやる大きい施設で、プロ選手も練習しています。

土日は、八千代の事業所でレッスンに入ります。全国大会を目指すジュニアのアカデミーコースを見るほか、一般のレッスンにも、フロントの業務にも入ります。試合の週は休みをいただくこともあります。

選手とコーチは、やっぱり全然違いました。それでも、やらせてもらってよかったと思っています。実は、柏の練習場に行くのがネガティブだった時期があるんです。気持ちの波もありますし、あそこは僕がお金を払って、コーチについてもらってやる場所なので。言い方は悪いですけど、お金を払ってこんな大変なことをして何なんだろう、と思っていました。

教える側になってから、それが変わりました。自分が教わること、練習させてもらえること自体が、ありがたいことなんだな、と腑に落ちたんです。そこからは、練習に向かう気持ちがだいぶプラスに変わりました。

難しいのは、自分の時間の作り方です。忙しいのはありがたいことですけど、その分、人と会う時間は限られます。試合の緊張やストレスも、短い時間で自分の中でクリアにしていかないといけない。僕は変に時間ができると、いろいろ考え事をしてしまうタイプなんです。それで今年は、いい意味で予定を詰めるようにしてみました。そうしたら試合も勝てるようになってきたので、意外とこの方が合っていたのかなと思っています。怪我だけは、しないように気をつけています。

アスリート社員として、会社に何を返していきたいですか

後ろめたさが、まったくないわけではありません。周りはコーチ専業の社員の方が多いので。

ただ、国内の大会には、スポーツクリエイトの名前を背負って出ています。そこで会社の名前を知ってもらうことが、一つの仕事だと思っています。もう一つは、試合がない時のレッスンに全力を出すことです。来られない分、来たときにお返しする。そう考えてやっています。

僕がいない日は、代行の手配で周りに負担をかけてしまいます。事業所のマネージャーと、コーチの方が二人、いつも気にかけてくださって、代行のお願いも嫌な顔ひとつせずに全部引き受けてくださる。毎回申し訳ないと思いながらお願いしているのに、「頑張って」と言っていただけます。フロントの方も声をかけてくださる。あの事業所は、僕にとって本当にありがたい場所です。

いまは国内の大会と、国際大会に並行して出ています。世界ランキングを、なるべく早く取り直したいです。もともと持っていた国際大会のポイントが、失効してなくなってしまったので。

まずは、全日本の本選で勝てる選手になることです。いま出られるとしても予選からになりますが、そこからでも勝つことが一番大事だと思っています。来年以降は予選をストレートインできるところまでランキングを上げて、もっと規模の大きい大会で勝てるようにしていきたいです。

その先の目標は、30歳までに自分のピークを迎えて、その間にグランドスラムに出ることです。本当にできるのか、とはよく聞かれます。やれるとは思っています。ジュニアの頃からいろんな世界を見てきましたけど、すごい選手はいっぱいいても、この人には届かないな、と思ったことは本当に一度もないんです。やらなきゃいけないことはとてつもなくあります。それでも、可能性がないとは思っていません。

会社への一番の恩返しは、全日本やグランドスラムに、社員の方も一緒に連れて行くことだと思っています。それができたら、お客様にとってもうれしいことのはずなので。

中村 健太さんの仕事風景

選手を続けるか就職するかで迷っている人へ

いまの自分がそうであるように、両方やるという道もあります。

テニスは、始めるのも難しいし、続けるのも難しい競技です。本当にトップで安定し続けない限り、それだけで生きていくのは難しい。だから、どちらか一つに決めるという判断も、それはそれでいいと思います。

ただ、仕方なく片方を選ぶくらいなら、そこにこだわらないで、両方できる方法を探してみてほしい。そういう道もあるんだよ、というのは伝えたいです。

最後に、いま一緒に働いてくださっているコーチの皆さんと、ジュニアの子たちに。僕はたまにしか行けません。申し訳ない気持ちは、もちろんあります。それでも応援していただいて、僕を受け入れて一緒に働いてくださっていることに、一番感謝しています。生徒さんも、名前が載っているのに違うコーチがいる日があるというのは、最初は受け入れづらかったと思うんです。それでも「コーチの名前があるから今日来たよ」と言ってくださる方がいる。そういうふうにプラスに捉えていただけているのが、本当にありがたいです。